大判例

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浦和地方裁判所 昭和26年(ワ)59号 判決

原告 大橋五郎

被告 岡田正三(いずれも仮名)

一、主  文

被告は原告に対し、金十万円の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告は、主文同旨の判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

(一)  被告は原告居宅の隣家に住む者であるが、原告が金物行商をなし不在勝であるので、原告の妻訴外シヅを誘惑して昭和二十三年六月頃から同女と情を通じ私通関係を結ぶようになつたので、原告は原告及び被告双方の家庭の円満を計ろうとして右訴外シヅに対して再三反省を促したが、被告は更に昭和二十四年五月頃に至り、飲食店を開業し同女を引入れ、益々不倫関係を続けたので原告は家庭と六人の子供の将来を想い種々説諭して同女の帰宅を促したけれども、徒労に終つたので、浦和家庭裁判所に妻訴外シヅを相手方として離婚の調停を申し立てたところ、昭和二十四年十一月十一日同裁判所において被告も利害関係人として参加の上、(イ)相手方(訴外シヅ、以下の「相手方」も同じ)は即時申立人(原告、以下の「申立人」も同じ)方に復帰し本日以降円満なる家庭生活の建設に努力すること、(ロ)相手方は従来の自己の行動を改め貞淑な妻として協力すると共に申立人も相手方の従来の過失を許し今日以降妻として遇すること、(ハ)利害関係人(被告、以下の「利害関係人」も同じ)は申立人に対し従来申立人の妻たる相手方と関係を結び申立人の名誉等を傷つけたことにつき深く陳謝し、今後絶対かかる行為に出ないことをここに誓う、(ニ)利害関係人は申立人に対し慰藉料として金三万円を昭和二十四年十二月十日迄に川口市仲町三丁目五三九番地大野三吉方に持参して支払うこと、(ホ)利害関係人が右(ハ)の誓約に違反し相手方と再び醜関係を生じた時は即時に利害関係人は申立人に対し金十万円を慰藉料として支払うこと等を内容とする調停が成立した。即ち右の調停の成立によつて、原告と被告の間には右調停成立の日以降被告が再び原告の妻と醜関係を生じた時は、即時に被告は原告に対して金十万円を慰藉料として支払う旨の条件付債務を負担することになつた。

(二)  然し被告は前記の調停成立後もその非行を改めず、原告の妻訴外シヅと不倫関係を断絶せず現在に及んでいる。よつて原告は被告との間の前記(ホ)の調停条項に基いて、被告に対し慰藉料として金十万円の支払を求めるため本訴請求に及んだものであると陳述し、被告の答弁に対し、訴外シヅが被告方の使用人として働くことを承諾したことはなく、その他被告の抗弁事実を否認した。<立証省略>

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として、原告の主張する事実中(一)項につき、被告は原告の妻訴外シヅと不貞行為はあつたが、被告が訴外シヅを誘惑し又同訴外人を被告の経営する飲食店に引入れたことはなく、原告の承諾を得て同女を使用人として頼んだのに過ぎない。原告が不在勝であること訴外シヅに対し反省を求めたこと等は不知であるが、その他の事実は認める。

なお、(二)項につき、被告は昭和二十五年六、七月頃浦和市大谷場の訴外村田方で訴外シヅと一回だけ関係したことは認めると述べ、抗弁として被告の主張する調停の「被告が原告の妻訴外シヅと再び醜関係を生じた時は即時に被告は原告に対して金十万円を慰藉料として支払う」旨の条項は、姦通という道義に反することを予定しての取り決めであるから、公序良俗に反するもので無効であり、従つて右調停条項に基く原告の本訴請求は失当である。仮りに右調停条項が公序良俗に反しないとしても、調停成立当時の被告の資産状態が現在変更しているから慰藉料の性質上これを減額されるべきであると述べ、立証として証人岡本敏彦の証言、被告本人訊問の結果(第一回、第二回)を援用し、甲第一及び第二号証、甲第三及び第四号証の各一、二の成立をいづれも認めた。

三、理  由

原告居宅の隣家に住む被告が、昭和二十三年六月頃から原告の妻訴外シヅと情を通じ私通関係を結ぶようになつたので、原告が浦和家庭裁判所に同女を相手方として離婚の調停を申し立て、同裁判所において被告も利害関係人として参加した上、昭和二十四年十一月十一日原告主張のとおりの調停条項を内容とする調停が成立したことは当事者間に争がない。

然るに成立に争ない甲第三号証の一、同第四号証の一、二に被告本人訊問の結果の一部を綜合すると被告は右調停の成立後昭和二十六年一、二月頃までの間に浦和市大谷場の訴外村田方及び川口市仲町一丁目訴外水田方において原告の妻訴外シヅと数回関係したことが認められる。被告本人訊問の結果中右認定に牴触する部分は信用し難く他にこれを左右するに足る証拠はない。

よつて原告は前記成立した調停の「被告が誓約に違反し原告の妻訴外シヅと再び醜関係を生じたときは即時に被告は原告に対し金十万円を慰藉料として支払う」旨の条項に依り慰藉料十万円を請求するに対し、被告において右条項は公序良俗に反して無効であると抗争するので、この点について検討するに元来民法第百三十二条に所謂不法の条件とは条件の内容である事実が法律行為に不法の性質を与える場合を指称し、条件の内容である事実が不法であつても、その事実を以て不法条件付法律行為となすことができないところ、証人岡本敏彦の証言によると前記調停条項の慰藉料十万円という額は被告が再び訴外シヅと醜関係を生じないように被告の当時における資産状況並びに社会的地位を考慮し、その責任を重からしめるため被告に対する威嚇的及び制裁的な意味を持ち且慰藉料の予約の趣旨で、定められたことが窺われるのであつて、右調停条項は、被告において原告の妻訴外シヅと再び醜関係を結ばない旨の不作為債務を負担し、若しかかる醜関係を生じたときは、原告の夫権即ち原告が妻訴外シヅに対し貞節を要求し得る権利を侵害したもので、原告はこれにより精神上の苦痛を蒙るので、その制裁として被告は原告に対し損害賠償の一種である慰藉料の額の予定として金十万円を支払うことを内容とするものであり、その条件である醜関係を結ぶことは不倫の行為であり不法であるが同条項に不法の性質を与えるものではなく、又公の秩序善良の風俗その他強行法規に違反するものでもないので右被告の主張は理由がない。次に被告は調停成立当時の被告の資産状態が現在変更しているから調停条項の慰藉料を減額せられるべきであると抗争するので、この点につき考察するに前段説示のとおり右十万円の慰藉料は右調停条項において被告の債務不履行の損害賠償額の予定として定められたもので、法律上減額することができないものであり、又右調停成立後二年近く経過しており、なお被告本人訊問の結果(第一、二回)によれば、被告の資産收入は調停当時に比し若干減少していることは窺われるが、かかる事情の変更を以て右調停条項の慰藉料の額が真義誠実の原則に反すると目するに由ないから、右被告の主張も亦採用できない。

そうだとすれば原告が右調停条項に基いて慰藉料十万円の支払を求める本訴請求は、正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決した。

(裁判官 田中寿夫)

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